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監督ご挨拶

大鹿印刷ソフトテニス部 監督
大 野 正 己

 「悲願達成」の言葉を、身を持って感じたのが今回の第52回全日本実業団ソフトテニス選手権大会です。第1回の挑戦は25年前、以来、「今度こそは」の強い思いの中で挑戦を繰り返してきました。そして今回の優勝、万感胸に迫るものを禁じ得ません。
私が社長の誘いを受け大鹿印刷に入社したのは昭和43年、それはたった1人でのスタートでした。当然、試合は個人戦のみ。しかし、社長の理解もあり、昭和44、46年のアジア大会に、日本代表選手の1人として出場の機会を得ることができました。そのような中、会社として団体戦に出場したいという夢がと湧いてきました。
 昭和58年、その夢がかない、社長を含めた選手が6名となり、ようやく団体戦に出場できる足がかりができました。最初の試合は、奈良県明日香で開催された第28回全日本実業団ソフトテニス選手権。当時私は37歳になっていました。その後、平成5年の第38回の選手権まで11年間毎回出場、ベスト16まで上ってきました。47歳のときです。
 平成3年の第46回石川国体では岐阜県成年男子が見事優勝、国民体育大会始まって以来の快挙となりました。この時、私は監督として出場しました。
 これを機に、社長の目標は全日本実業団ソフトテニス選手権における「日本一」へと高まり、翌年から私も優秀選手の勧誘に力点を置くようになりました。その結果、平成6年の会津若松の選手権では、ベスト8となりました。
 平成8年、選手も強化され、大阪の選手権では第3位となりました。以降、ベスト8以上に常に入り、最高は2位にまで達したものの、嬉しさの中にも一抹の寂しさを感じてきました。
 そして、第52回全日本実業団ソフトテニス選手権大会。最初の挑戦から25年目にしての栄冠獲得となりました。この背景には、選手達の仕事とソフトテニスの両立の中での努力及びソフトテニスへの情熱、そして会社の理解と応援があったからに他なりません。
 私は、選手に「あせるな・あわてるな・あきらめるな」「持っている力を出し切れ」と常に言ってきました。この励ましが今回の優勝へと実を結んだものと信じています。
 皆様のご支援に深く感謝申し上げると共に、今後も感動を与える試合ができることを、選手一同心新たにしました。

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